規制緩和後における地方バスの経営環境の変化と課題

-岡山県のバス事業の混乱と中国バスの再生事例からの検証-

 

小嶋 光信 
(両備グループ代表・CEO)

財団法人運輸調査局発行『運輸と経済』2011(平成23)年7月号
「特集:バス事業規制緩和10年目の検証と今後の展望」より、許諾を得て転載
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はじめに

 両備グループは交通運輸・観光関連事業と情報関連事業、生活関連事業の3つのコアを持つ企業グループである。両備グループのバス事業としては、岡山県内の両備ホ-ルディングス両備バスカンパニー(旧両備バス)と岡山電気軌道、再生のため4年前に引き受けた広島県内の中国バスの3社がある。従来の両備バスと岡山電気軌道の2社は、規制緩和以前より原則として補助金に頼らず自立して経営をするという経営方針で生き残ってきた会社だ。

 平成11年、私は旧両備バス(現:両備ホールディングス)と岡山電気軌道を含む両備グループの代表になったが、その際、改めて公共交通事業の分析をしてビックリした。平成14年に路線バスの規制緩和を控え、このままの公共交通政策が継続されたら、数十年にも及ぶ毎年2~3%の乗客減少の業界環境の中、補助金をもらわずに頑張ってきた両備グループの電車や路線バス事業でさえ、今後、約10年で駄目になると予見されたからだ。もちろん、補助金をいただいていた全国の赤字企業は、規制緩和の時、すでに年商を超える大きな繰り越し欠損を持っていたケースが多く、倒産・整理の嵐となり、地方バス事業は将来性を失って存続の危機になるだろうとも予測していた。

 この予測は当たり、三位一体政策が地方財政を更に悪化させたことが加わり、多くの地方バス事業者が経営不振に陥り、バス路線の大幅減少を招いたことはご承知の通りだ。

 両備グループとして私が携わった交通運輸事業の再生は、旅客船事業2社、新設1社、鉄道事業1社、バス事業1社、物流事業5社、タクシー事業5社と多岐にわたり、規制緩和後の交通運輸事業の衰亡の現実に立ち向かい、再生してきた現場から、多くの規制緩和の功罪を体験してきた。現場に立脚した政策や、コンサルティングや学術論が少ない業界で、再生の経験から、今回は規制緩和後の地方バス経営環境の変化と課題を、実例をもって論じたい。

1.公共交通を民間に任せ切った国は日本だけ

 なぜ日本の公共交通がかくも病んでしまったのか、このような情勢の中で何故規制緩和を実行し、衰亡を早めたのか理解できず、先進国事例の研究をしてみた。公共交通先進国では如何に公共交通の維持、存続を図っているかの研究の結果、先進諸国の中で、公共交通を民間に任せきっている国は日本だけと分かった。

 特にヨーロッパでは、アメリカ型の道路を造り、マイカーを増やす政策を採れば、顧客の半分以上がマイカーに移転し、公共交通は経営できなくなるだろうという帰結を知っていた。従ってマイカー時代は、交通弱者という免許を取得できない子ども達や、免許があっても運転できない高齢者や、経済的に運転できない人たちを生み出し、マイカー政策だけでは交通の自由な往来ができなくなるという懸念があることを知っていた。そこから、フランスなどを中心に、ここに等しく国民に交通を確保する権利、すなわち交通権という概念が生み出された。そして、その交通権を保証する手段として、「公設民営」という方法が一般的にとられ、上下分離により、行政と民間の役割分担が行なわれている。交通権を移動権と言っていることが多いが、移動権というと、個人の移動の権利を保障するということで、場合によって国や行政が訴訟云々の心配をされる方が多い。しかし、私は敢えて交通権とし、これは個人の移動だけではなく、教育権などと同じように国民に社会的制度として保障される基本的権利ということで、教育を受けたいものが有償で教育を受けられる権利と同じようなものだ。従って、交通手段が社会的に整えられていれば、移動したい者はタクシーにしろ、バスや鉄道にしろ、地域に応じた交通手段があればよいということで、個人が移動できなかったからといって国に補償云々を問うことはないだろう。

 マイカー社会では、交通弱者を中心とした地方公共交通は経営の維持が民間レベルだけではできないという、大都市との違いの理解が十分なされないまま、規制緩和により、すでに地方ではほとんど赤字の路線だったバス事業の補助金制度が大きく変革し、補助金総額が大幅に減少した。公共交通に誤った費用対効果の概念が導入され、路線の減少や公共交通を担う企業の倒産を招くことになった。唯一の収益源として、赤字路線維持のために始めた高速バスも、違法と思われるツアーバスや高速道路1千円政策で収益力を失って逃げ場がなくなった。

 公共交通衰退の理由は一般的に、以下のものが挙げられる。
⑴ マイカー時代の到来で利用者の40~60%の顧客を喪失したこと
⑵ 地方都市のスプロール化により、交通渋滞が慢性化し、路線バスは定時性を喪失。それが悪循環となり、一層マイカーを増加させる結果となったこと
⑶ 補助金行政の副作用により、

①経営不在を助長する結果となった
 補助金そのものは、赤字経営を維持するために必要なものであったが、コストを削減すれば補助金が減るという誤った経営感覚が生まれ、経営改善努力が進まなかった。これは、後述する中国バスの再建で明らかになったことだが、まさに異常なコスト高であった。それに加えて車両・燃料等の購入努力をすれば補助金が減るという経営マインドを醸成されることが経営の改善を阻んだ大きな理由だった。この補助金を増やしたいという誘惑は、実際、当社で再建してみて、必然的に生まれる誘惑だということが分かった。

②顧客不在の労使関係を助長する結果となった
ストライキや劣悪な運転・サービスによって顧客が減少し、業績が悪化すれば補助金はかえって増え、業績が悪化したら運賃値上げをし、値上げで顧客が減少して業績が悪化すれば、また補助金が拡大するという誤った経営判断と労働運動を生み、負のサイクルとなった。この労使関係を論じると、経営の組合批判だと憤る組合幹部もいるだろうが、事実は事実で、組合としてもそのような顧客不在の労働運動でも、権利主張ができるという副作用から必然的に生まれた労働運動であったと思う。労使問題は、あくまで経営側と労働側の双方に責任があることは言うまでもない。


⑷ 規制緩和が衰退に拍車をかけたこと
 衰退産業の規制緩和は過当競争を生み出し、参入の緩和から供給過剰を引き起こした。過当競争が不当廉売を生み出し、経営を維持するためにコスト引き下げの必要から、場合によっては賃金が3割から5割低下し、労働の質が低下することで事故が増加し、安全・安心の喪失につながっていった。これらの規制緩和後の過当競争の結果、他の産業より低い賃金になってしまい、人材が集まらぬという業界の衰亡を招いている。

⑸ 公共への誤った費用対効果の概念導入
 公共という事業は、儲かっても儲からなくても国民へ保証しなくてはならないシビルミニマムとしてのインフラ事業だが、その公共事業に費用対効果の概念が持ち込まれ、儲からない路線やバス事業はやめればよいという理論で、路線廃止、事業縮小もしくは廃止が地方で加速し、ついに地方では老人や子供の移動手段がない地域が現出してしまった。

 公共的事業は、もともと国民の文化的生活の基盤と安全・安心を創るもので、損得とは基本的に概念が異なる。一番分かりやすいのが消防署で、市民にとっては火事がないことが一番だが、万が一の火事の時に災害に役立つ心強い公共事業だ。もし、市民に火事災害0件を達成した時に、消防の消火活動は0件で、一度も出動せず、費用対効果が悪いから、消防署を閉鎖しようとすれば如何だろう。1台何億円もする消防車や施設、逞しく訓練された消防士が無駄だということを考える市民がいるだろうか。公共的事業の非能率・非効率の是正はしなくてはならないが、費用対効果の概念導入で、儲からないならやめてしまえでは、全ての公共事業が廃止・縮小しなくてはならなくなる。公共事業は、民間に任せても儲からない事業が多いのだ。

2.両備グループで公共交通を今後も維持、発展させるという決意

 両備グループでも、今後10年しか公共交通は持たないかもしれないという分析から、事業縮小するか否かを真剣に考えた結果、維持・発展させる決意をした。この約100年、両備グループ発展の礎は公共交通を中心とするお客様で培ったもので、創立100周年(平成22年7月)に向けて、これからは地域に公共交通を残すことでご恩返しをしようと決意し、早速、公共交通再生に向けての努力を開始した。
 
⑴ 公共交通利用のパネルディスカッションの開催

 10数年前、岡山県国道事務所を訪ねて、道路を造るのと同時に、道路を効率的に使うような国民的努力が今後は必要なことを力説した。すなわち、地方都市の道路渋滞は朝晩の通勤通学時に発生することが多く、その数時間のために道路を造るよりは、バスや電車といった公共交通が分担する方が国民経済的に有利であると力説した。ちょうどTDM(交通需要政策)の推進を国道事務所として考えていたということで、パネルディスカッションを開催してくれて、地元のラジオで生放送された。パネラーとして、利用者代表のご婦人と学識経験者、事業者代表として私が参加した。その場でのご婦人のひと言が、バスや電車の社会的存在の問題点を露にした。彼女はバスや電車による通勤・通学の占める割合が10%以下と知って、90%以上はマイカーや自転車、徒歩であり、むしろ輸送割合が大部分を占めるマイカーこそが公共交通だと発言された。その上、もうそんな割合しか輸送していない電車・バスは無くても、地方ではマイカーで十分だというのだ。この認識には正直腰が抜けるほどビックリした。彼女は日常生活ですでに電車・バスを使うことがなく、必要性を全く感じていなかった。

 私は「公共交通というのは、利用者の多い少ないということでなく、免許を持たない子供たちや、運転できない高齢者の方々という交通弱者の皆さんに移動手段として、社会が備えていなくてはならない交通手段です」と説明した。続けて「貴女にとって今はマイカーで生活に支障はないかもしれませんが、お年を召して運転できなくなった時に必要になるのが公共交通なのです」と述べると渋々納得されたようだった。


 地方でのマイカー時代の恐ろしさは、一番働き盛りの社会人たちが、公共交通の必要性を痛感していないということだ。いずれはお世話になるのだが、世論として声の小さい交通弱者の皆さんだけが必要性を感じる交通手段だということが、ミスリードとなった規制緩和と、地方公共交通の衰退に歯止めが掛からなかった一因かもしれない。

 このことが実は公共交通利用の世論形成に最も障害になることなのだ。公共交通の論議には行政が中心となって、地域協議会や交通政策の会議が設けられ、行政の幹部や地域住民代表、商工業者などの有識者、学識経験者などで構成される。それらの方々は地方では公共交通を利用して仕事ができないほど公共交通は病んでいる。簡単に言えば、公共交通だけを利用したのでは仕事にならない。つまり、当てにしていない方々が多いのだ。良識と好意から公共交通の維持を述べてくださっているのであって、生活実感ではないことが多い。

 昨年、新幹線ができるために、本来のJRの本線が地元に移管されることになった日本中部のある県から講演を頼まれた。10数名いる委員の方に「この中で、公共交通を日常生活で使っている方はいらっしゃいますか」と尋ねたら、3名の方が手を挙げられた。「3名の方はもしかして、東京の委員の方ではありませんか」と尋ねたら案の定、その通りで、地元の委員さんは、全員この路線を生活に使っていない方々だった。会議終了後、その委員の中の一人のご婦人が傍に来られて、「今までこの会に出て、何を発言したら良いのか、何のために私が呼ばれているのかよく分からなくて正直困っていました。小嶋さんの話で意見が出ない理由が分かりました」と言われた。

 公共交通の議論をする時は、行政と有識者、学識経験者は必要だが、少なくとも半分以上は実際に使われている利用者の委員を入れることが肝要だ。

⑵ 社会的な公共交通復権の錦の御旗として、「岡山県公共交通利用を進める会」を平成13年に結成していただいた。年に一回は岡山県知事が公共交通で通勤し、月に一度は大手企業10社程が公共交通利用の日を定め、社員はマイカーではなく公共交通をできる限り利用して通勤するとう程度の運動だが、皆さんのご協力は涙が出るほど嬉しかった。

⑶ 岡山市でオムニバスタウンの導入をお願いし、平成14年指定が決定。福山市も平成20年に指定を受け、バスの利便性の向上を図った。

⑷ パーク&バスライドやE-定期(エコ定期)、高齢者対象のことぶきパス(全線パス)やサマーkidsパス(夏休み子どもパス)などの魅力ある定期券や割引を導入した。

⑸ 雨の日も、風の日も暑い日も屋根無しのバス停では、お客様にご不便なので、広告を付けることで設備費や管理費が無償のバスシェルターを作ってくれるフランスの会社と三菱商事との合弁会社「エム・シー・ドュコー」のバスシェルターを日本で初めて岡山市に2基設置し、それが契機となり全国的に普及した。

⑹ 夜間はバス停の時刻表が見辛いため、両備グループのソレックスで簡易夜間照明を開発した。これはLEDの電池式で半年間メンテナンスフリーの優れもので、5千円弱でどんな既存バス停も照明付きバス停に変身し、高齢者の皆さんに喜んでいただけた。

⑺ 競合会社との共同運行により、クリームスキミングや行き過ぎた競争の改善を図った(後述)。

3.公共交通利用で、歩いて楽しいまちづくり運動の提唱

 次から次に利用促進を図るプランを実施したが、お客様の減少は若干緩和しただけで根本的には止まらなかった。
  公共交通そのものを活性化しようと努力していたが、公共交通は地域活性化の手段であり、あくまでも目的は地域が活性化するように、如何に公共交通をオペレーションするかではないかと気づいた。それなら、目に見えるようにと「21世紀のまちづくり」を提案することにした。名づけて、「公共交通利用で、歩いて楽しいまちづくり運動」である。
 その象徴としては、以下のものが挙げられる。
 
⑴ 岡山市出身の車両のトップデザイナー、水戸岡鋭治さんのデザインによる未来型LRV(ライトレールビークル)超低床路面電車「MOMO(モモ)」を平成14年に投入した。このLRVとともに、電停のバリアフリー化と、地元自治体・市民団体のご支援により、第1回「日本鉄道賞」を受賞し、一躍全国で有名になった。また、バスでは、両備バスも岡山電気軌道も水戸岡デザインで統一し、将来の共同運行や統合に備えた。

⑵ 空洞化する岡山市中心部の活性化のために108メートルの超高層マンション2棟を建設し、都心居住を奨励した。

⑶ 21世紀のバスとして、平成22年「SOLARVE(ソラビ)」(ソーラービークルより命名)(写真2)というハイブリッドで太陽光発電を取り入れ、全方位の安全確認ができる路線バスと、前後に自転車が乗せられる「SAIBUS(サイバス)」(発祥の地、西大寺より命名)を自社開発し投入した。

 本来は岡山市内の電車の延伸やバスの活性化を図るための施策だったが、両備グループの経営状態や中核となるバス会社の経営の心配がなかったので、岡山市内では公共交通の将来不安を全く感じていただけなかった。岡山駅前に6社も乗り入れるという全国で稀にみる公共交通の激戦地であったが、そのうち4社が堅実経営で、岡山市から補助金などをもらっていなかった。そのために、公共交通の危機感が全く醸成されず、公共交通が倒産や廃業を決意した時には手遅れだが、日本人は倒産や廃線という問題が起こらないと危機意識が生まれないことが分かった。

 それならば、実際お困りの地方の公共交通の再生にご協力しようということで、岡山市の市民団体「RACDA(ラクダ)」(路面電車と都市の未来を考える会:現、特定非営利法人公共の交通ラクダ)等と呼応してボランティアで再建案を作って、助言活動をした。

 岡山市内での顧客獲得の努力にもかかわらず、顧客の減少を若干弱める効果しかなく、加えて規制緩和が見えてきた平成10年頃から、岡山市内においても、市内バスと郊外バスの熾烈な顧客争奪戦が起こった。規制緩和以前はそれなりの輸送秩序が保たれていたが、市内バスのバス停開放を郊外バスが展開し、岡山市内のバス事業でも、激しいバス停争奪戦と顧客争奪戦を繰り広げた

4. 岡山電気軌道とC社の規制緩和後の事例

 C社は岡山県北や西部地域を営業拠点として、多くの過疎地域を担当しており、規制緩和以前は基本的に補助金による赤字補填で事業の存続を図っていた。ところが、規制緩和により全社的な赤字補填の道が閉ざされ、更に路線廃止や縮小等から、一部路線の補助金だけでは、経営の道を閉ざされてしまった。おまけに規制緩和後は、今まで潰れないと思って貸し込んできた金融機関が地方公共交通の信用不安から、一転、融資態度が変わり、極めて厳しい対応に変化した。経営の改善に行き詰まった同社は、活路を求めるために南下政策と称して、顧客の多い岡山市内路線への進出を図った。

 ここで岡山市内のバス事業の輸送秩序は根本的に崩れて、下記のような熾烈なサバイバルを展開した。
 
⑴ C社は平成15年、岡山電気軌道との市内競合路線として市内参入し、岡山電気軌道との間に、時刻表の良い時間帯や、少し早い時刻に対抗させてダイヤ設定をするということでダイヤのクリームスキミング争いが起こり、参入路線では毎月のようにダイヤが変わった。

⑵ サービス向上を名目として、平成10年より、届け出をすれば郊外バスへ市内バス停が開放されることになり、C社はそれまで乗り入れていなかった市内各所や岡山駅構内へ乗り入れ、顧客争奪戦が始まった。ちょうど同時期、「おもてなし」を理由に、「方面別のりば」ということで同じ方向のバス乗り場は統合するというバス停の統一化を狙った、市内バスの顧客の移転を図る戦術が取られ、規制緩和以前には秩序が維持されていたバス事業に混乱が出始めたため、お客様や行政が理解しづらい泥仕合と見えた。

⑶ 岡山電気軌道は、C社の収益力ある路線であった岡山空港リムジンバス路線と神戸行き高速バス路線に平成15年参入し、対抗した。特に岡山空港行きリムジンバスの両社のバス停は隣り合わせで、お客様の争奪戦を繰り広げた。

 この2社の競争は、運転手同士の諍(いさか)いや客引きとなって、社会問題化する雰囲気となっていたが、C社の思惑とは異なり、市内に新設した路線への乗客は少なく、結局より一層、経営を圧迫する状況となった。

 更に市内では、別の郊外バス会社が、郊外バスの特色である、走行距離が長いためにキロコストが安いという利点から、平成11年、市内初乗り運賃を100円としたため、走行距離が短くキロコストの高い市内バスの岡山電気軌道も追随することになり、市内は低運賃化し採算悪化していた。そこへC社の参入で、ダブルトラックとなり、両社の経営は悪化した。

 それでは、乗客の利便性が高まり、お客様が増えたのかというと、ほとんど増加はなく、路面電車とバスという同じ丼の中で乗客の取り合いから、むしろ減少に歯止めがかからなかった。政令都市規模の都市では、初乗り運賃200円が普通だが、岡山市は半分の100円となり、それでは倍のお客様を運んでいるのかというと、通勤・通学の公共交通利用者数の全国平均10%の更に6割となる6%と少なく、運賃の値下げは歓迎だろうが、便利になったという声はあまり聞かない。

 地方都市交通は、安いから乗るという需要の運賃弾力性が低く、マイカーと運賃競争すれば、燃料費分だけしかいただけなくなる。利用云々は、高い安いでなく、必要か否かで決まってくるので、如何に適正な運賃にするかで、健全な都市交通を維持できるかが決まってくるという大事な施策なのだ。コスト構造の違う市内バスと郊外バスの輸送秩序が壊れてしまうと、市民や行政の方が、市内バスが経営努力不足で高い運賃を取っているように錯覚されるので怖い。

 実は、両備グループ内でも両備バスは郊外バスであり、市内バスの岡山電気軌道は兄弟関係なのだが、やはり両備バスも市内バスのバス停への乗り入れや、路線の競合等の問題が表面化していたので、犬猿の仲とまでは言わないが、岡山電気軌道の両備バスへの不信感は強かった。

 両備グループの代表として、この競合を解決し、社会問題化する前に何とかC社との泥仕合を収束したかったが、間に入ってくれて、両社の調整をしてくれる人も機関もなく、半ば途方に暮れていたところにチャンスは突然やってきた。平成18年のとある土曜日、歩いて会社に向かっていた前方にC社の社長が散歩をしていた。これは千載一遇のチャンスと、F氏に「おはようございます。お互い一度話をしませんか」と語りかけた。怒鳴られるかと思ったが、実に平然と、一度伺わせていただきますと、穏やかな話し合いになった。

数日後、F氏が来社され、私から規制緩和後のバス業界の窮状を話し、お互いに意気投合した。そこで下記のような調停案をご提示した。
⑴ C社は市内路線から撤退するとともに、両社で路線の整理統合を図る
⑵ その代わり、ダブルトラックになっている従来からの郊外バスと市内バスの競合路線と、空港リムジンバス、神戸行き高速バスは共同運行とし、五分五分とする
⑶ その施策でC社が収益回復できるように調整する

 経営者同士というのは、理解が早いもので、40~50年の諍(いさか)いも、瞬時に解消し、お互いの信頼関係が湧いてきた。基本線の合意が瞬時にでき、後日、具体的数字に落とし込んで、両社の実務者レベルでの交渉となった。現場では白兵戦をやった間柄でもあり、信頼関係どころではなく、初めは疑心暗鬼であったが、トップ同士が一切ブレなかったので、平成19年に共同運行が始まり、規制緩和によって生死を分ける泥仕合が収束し、市内路線の多々ある問題の一部が解決した。皮肉なもので、規制緩和が引き起こした泥仕合が、結果としては、積年のバス業者同士の友好関係を生んで、乗客の利便性が高まることになった

5.中国バスの再生事例

 次に、規制緩和以降、経営難となり、平成18年5月に資金繰りの悪化で倒産の危機にあった中国バス(広島県)の当時の社長から、再生支援の打診があった。従来の補助金行政でも、赤字の100%を補助してくれるわけではなく、赤字の20%前後が毎年繰越欠損となって積み上がり、年商の何倍もの赤字となって経営を圧迫していた。

 また、規制緩和前は、交付金に裏打ちされていた公共交通の補助金が、いくつかの市町村にまたがっている路線では、地域協議会が必要と認めた路線が交付対象とルールが変わり、限定されることになった。そのために今までのようなやり方では立ち行かなくなり、経営体質そのものがガラッと悪化してしまった。おまけに三位一体改革によって、地方財政が厳しくなり、地方自治体は国から公共交通の補助金はちゃんと入っていると説明されるが、実際に交付される金額そのものが厳しくなって、丼の中身が分けられなかった。地方自治体は、厳しい予算の中で、必死に地域公共交通を支えようと努力していたが財政の困窮に喘(あえ)いだ。

 前社長は生き残りのために、高速バスに活路を求め、資産売却などで凌いでいたが、経営は日増しに厳しくなり、反面その経営体質の変化に気づかなかった労働組合は、激しい労働運動を展開し、乗客離れが更に経営を圧迫した。労働組合側も平成16年頃から企業の異変に気づき、ストライキを構えるだけで、実際には決行しなかったが、時すでに遅しであった。規制緩和と労働争議による乗客離れは、平成9年度の乗客数は778万4千人が、再生を請け負った平成18年までの僅か10年で半減の381万7千人となり、通勤定期を購入してくれるお客様がほとんどなく、お客様の信頼を失ったバス会社となってしまった。両備グループで再生を始めて、平成21年度の乗合乗客数は410万3千人と7・5%増加している。

 前社長は生き残りのために広島県内のバス会社に支援の道を模索したが上手くいかず、行政へ資金援助を要請したが、ストライキばかりして市民感情の悪い中国バスに支援の手はなかった。

 万策尽きて、隣県の両備バスに一縷(いちる)の望みを持って金融機関の仲介で私に面談を求めてきた。その時点ですでに、会社破綻が3カ月後に予想されるギリギリの状態で、条件は一切なく、路線と社員を守ってほしいという悲壮な決意だった。お目にかかった瞬間に、命がけの同業者のご苦労と、お断りしたらとんでもない事態が起こることが予見されたので、忠恕(ちゅうじょ)(経営理念/真心からの思いやり)の精神で、収支云々や条件云々の前に支援を決め、資金援助を行った。お客様の苦情を調べてみると、「バスが来ない」「乗っていて怖い」「バスが汚い」「挨拶がない」と惨憺たるものだった。平成16年、「燃える高速バス」として危ない高速バスの代名詞にされた会社だ。

 

補助金行政の意図せぬ副作用である経営のモラルハザード

 経営実態を調査すると、極めて高コストの会社であることが分かった。バス車両が500万円から1千万円高い、燃料費はリッターあたり10円も高い、部品代は3倍、金利は2倍以上と全く理解できない高コストであった。何故こんなにコストが高いのか前社長に尋ねると、コストを下げると補助金が減るという回答であった。補助金で生き延びてきた企業にとって、経営努力をしてコストダウンしても、その分だけ補助金が減少して、企業の利益にならないという経営感覚が生まれることが分かった。補助金は、赤字の補填だけで利益を認めていない。従って、企業は利益を出そうという意欲がなくなり、如何に多くの補助金をもらうか、行政に如何に上手く交渉するかが経営トップの仕事になってしまった。この補助金行政による数十年間で醸成された経営感覚は、我々のように補助金をいただかないということを経営努力にしていた企業と真っ向から異なることが分かった。

 両備グループの経営となって、引き受け前の平成17年と、引き受け後の平成21年度対比で、人件費は15%減少、燃料費は13%減少、修繕費は43%減少し、支払利息も大幅に減った。修繕費の大幅減少は、乗務員と整備員、管理職の一致団結した努力と、後述する有責事故の大幅減少によるところが大きい。

 補助金そのものは、必要な延命装置であったが、抜本的に経営を改革するためには、補助金を減らす努力をしたら、一定のインセンティブを与える仕組みが必要であるということが分かり、地域公共交通活性化に活かされた。

 今回の規制緩和によって、会社の赤字経営を補填する方法から、赤字経営でも、黒字経営でも必要な赤字路線を維持するように方策が変わったことは進歩であるといえる。しかし、この補助金もコストを下げれば、利益にならず、節約や合理化の意欲は出ないので、上記した経営改善のインセンティブが必要だ。

 

補助金行政の意図せぬ副作用で生まれた労使関係の不仲

 補助金行政の思わぬ副作用が、不仲な労使関係による事故多発や、乗客のサービスへの不満、乗客不在のストライキなどの労使紛争という形で現れた。規制緩和前の補助金は、いくらストライキで赤字が増えようが、お客様の苦情には対応せず、乗客が減ろうが、路上故障や事故で乗客に不利益があろうが、その多くは補助金で相殺されるために、健全な経営に向かわず、不仲な労使関係を助長した。両備グループに入る前は、年間10回以上の労使交渉という異常な労使対立であった。現状は年1~2回の労使交渉になっている。「親方日の丸」という喩えが規制緩和前にはよく言われたが、紛争を重ねるたびに乗客の減少は激しくなり、バスを当てにできないため、定期券を購入する乗客がいなかった。平成16年頃から、経営の異変に気づいた労働組合はスト権を構えるだけであったが、お客様にとっては、明日もストライキかもしれないからバスはあてにしない、という心理状態を生んでしまった。真面目な労働組合では、お客様が我々の生活を支えているというしっかりした認識を持っていたが、補助金に支えられている労使には、行政こそがお客様で、乗ってくださるお客様は見えなかった

 苦情の大半である、バスの汚れや挨拶・態度が悪いということも、この不仲な労使関係で、社員教育が会社の教宣だという組合の方針から、協力が得られず、十分な教育・訓練が行われなかった。安全教育が如何に大事かは、両備型の教育をしっかり実施したことで、有責事故がピークの平成15年度の124件が、なんと平成22年度には全体で8件(過去の7%)まで、93%も激減していることからも分かる。

 新車割り当てや、配乗権を会社に与えると、それによる組合員への会社の懐柔が行われると錯覚し、持ち車制をさせず、車両故障やバスの汚れが誰の責任か分からないように乗務する、交替制にしていた。そのため運転手の車両に対する責任感が湧かず、始業点検も十分行われず、本来はバスの運転手と整備士、管理者のコミュニケーションで車両の安全が確保されるものが、業務後に車両の異常報告がなく、管理者は異常を把握できず、整備士はマニュアル通りの整備しかできなかった。平成16年、平成18年に発生した高速バスの出火も、基本的には整備不良と運転手の車両点検不足が引き起こした事故と言える。本来、キチンと管理されていれば、バスは極めて安全な乗り物なのだ。

 バスの清掃も業者任せで、購入して以来、誰もワックスもかけず、汚れはあたかも新種のつや消し塗料かと思わせる有様であった。現在はバス車両の責任の明確化が行われ、愛情を持って運転手さんが洗車やワックスがけに協力するようになり、ピカピカになった。
 ただ車両が古いことが弊害となって、路上故障はあまり減らず、なかなか改善しないことが目下の悩みだ。

 両備型の5SAF(整理・整頓・清潔・清掃・躾、挨拶・服装態度)運動と、SSPアップ(安全・サービス・生産性向上)運動で、接客・態度が向上し、苦情も平成17年度の198件が平成22年度には92件と半減以下になっている。

 過去の補助金行政の意図せぬ副作用によって生まれた労使関係が、多くの経営問題と乗客不在の劣悪なサービスを生んだが、今日まで労使関係は当事者責任ということで放置されている。しかし、基本的に国民の税金が投入されて経営が維持されている会社の労使関係が、その国民にストライキやサービス不足として不利益を与えて、果たして当事者責任で済まされるのだろうか。税金が経営や労働者の給料に充てられているということは、準公務員と同じことであって、国民に背信的行為は許されないと思う。従って、補助金を投入される労使は、国民に対して、しっかり要望に応え、サービスを提供する責任があるという自覚と、しかるべき労働権の制限があって当然だ

 規制緩和後の補助金制度は、この弊害が少なくなっているが、不仲な労使関係を変えるまでの意識改革は生まなかった。ストライキを行なったのと同じような乗客減少を招くスト権を構えての激しい労使交渉をする認識不足の労働組合は、今や極少数派となった。過去の激しい労働運動は、結果として業績悪化を招き、原資を失って、賞与の減少…果ては経営破たんによる退職金も満足にもらえない事態へ至った。公共交通には、自分たちの給料や労働条件の向上はお客様が与えてくれるとしっかり認識できる経営体制が求められ、その意味でも後段で説明する、官の役割と民の役割をはっきりさせる公設民営が課題となる。公設民営になれば、サービスの悪い企業は、評価基準によって、退場しなければならない。

6.規制緩和でなぜ多くの公共交通が倒れたか

 規制緩和でなぜ急に多くの補助金に頼っていたバス企業が倒れたかは、二つの原因がある。
 
⑴ 通常の経営では吸収しきれない過去の年商の数倍にあたる赤字(借金)の金利負担が、規制緩和で変化した補助金行政ではできなくなったことである。規制緩和の前に、緩和による経営影響の実体調査をしていれば、これほどの経営破綻はなかったであろう。この状況は多かれ少なかれ現状でも内包されている問題だ。

⑵ 規制緩和前の補助金行政では、バス会社は公共性の高い会社で、潰れないし、潰せないと考えて、金融機関が積極的に融資支援していた。しかし、規制緩和後の補助金行政では、経営維持が難しく、路線の退出自由ということは、通常の民間企業と同列で、儲からない、費用対効果のない事業は止めるべきということになり、公共交通事業は潰れないという神通力がなくなってしまった。故に金融機関は厳しい審査をすることになり、バス会社は資産売却や赤字路線の切捨て等で必死の合理化を図ったが、莫大な借金は重すぎた。

7.規制緩和で競争力を失った高速バス

 規制緩和で補助金だけでは経営できなくなった中国バスはじめ、路線バス各社は高速バスに活路を求めていった。高速バスの収益が、赤字の路線の原資となり、補助金がもらえない赤字路線を必死に支えていた。ところが同じような路線事業行為でありながら、ツアーバスが路線類似行為を始めた。ツアーバスの特徴としては、以下の点が指摘できる。
 
⑴ 高速バス事業は、運行路線・運行回数・運行時刻や上限運賃で許認可や届け出が必要と規制されている。

⑵ ツアーバスは、旅行業法に基づく募集型企画旅行として、上記の規制を受けず、基本的に自由な事業が営める。本来ツアーバスは、路線類似行為を避けるため、スキー等の季節性や盆、正月のような一時的需要増加に対応し、輸送の秩序が守られていた。同じ旅客輸送でも、旅客船事業では、現在も(むしろ規制緩和前よりも)定期航路と観光事業は定期航路に不利益を与える運航が制限され、その施策が離島航路などを守っている。

 高速バスを運行する業者は、一人でもバスを走らせ、決まったルートやバス停を通過しなければならないが、ツアーバスは乗客が少なければ運行を取りやめ、他のツアーバスか高速バスに振り替えてコストの削減ができる。

 基本的な問題は、同じ路線事業行為を行なって、一方は規制されてコスト高を免れず、他方はフリーハンドで経営できるという、アンフェアな競争状態が正しいのかということになる。ツアーバスは、明らかに路線類似行為であり、同じ事業が、異なった法律に基づいて、一方は違法となり、同じ行為がもう一方は合法となるというチグハグな現状が、路線バス等の公共交通事業者の高速バスでの競争力を失わせ、バス事業者の路線の赤字を高速バス事業で埋めてでも経営しようという意欲を殺(そ)いでしまった。ツアーバスという不要不急ともいえる業態の保護のために、大切な生活路線が失われていく実態が、果たして正しいのだろうか。内股膏薬の如くに運用される二つの法律が、規制緩和によって生まれ、費用対効果という言葉で、安い事業形態が善という錯覚を生んで、ツアーバスの重大事故体質を作り上げてしまった。基本的に安全を確保するのは、厳しい法的規制だけでなく、安定した経営を保証することだということをしっかり反省・認識しなくてはならない。貧すれば鈍するという諺の如く、公共交通は衰微していっている

 供給過剰の業態に対する規制緩和は過当競争を招き、業界破壊と低賃金を生むということは明らかだ。経営不安と必要以上のコスト削減を強いる業態は、安全を損ない、命を犠牲にする懸念があることも明白だ。バス事業のみならず、空運・海運・陸運の全てが、安定経営を損なっているという現実を如何に解釈するかだ。タクシー等は、遂に最低賃金も確保できない、事業としての夢を失った輸送事業となってしまった。公共性の高い事業を費用対効果で律することの危なさと、過当競争にさらされた交通事業の安全確保の難しさは、果たして時代の要請で、乗客のためになったのか、今ここで、交通業界の規制緩和を大いに検証する必要がある

 私は4年前からバス協会で、規制緩和の功罪を検証しようと提案し続けた。時代のあだ花として生まれた規制緩和の弊害を率直に認めて、新しい公共交通の仕組みが作りたかった。当時この規制緩和制定に携わった方々の批判をすることに終始するのでは意味がない。政治、行政の中心が東京であるため、需要の多い東京が日本全体と勘違いし、規制緩和が導入された結果、少子高齢化によって人口が減り、需要の少ない、もう一つの大事な日本、「地方」がピンチになった。もう日本は一つの法律では律しきれない、大都会と地方、過疎地域という、需給が全く異なる地域を生んでしまったのだ。時代が、政治が生み出したミスリードであり、官はその時代と政治の変化に敏感に応えただけだ。死んだ子の年を数えても全く意味をなさない。大事なことは、間違いは間違いと早く理解して、皆で速やかに修正していくことだ。「過ちを正すこと、憚(はばか)ること無かれ」である。

 中国バスの再生を実施して、補助金制度の意図せぬ副作用や不仲な労使関係によるストライキが乗客離れを引き起こした主因であることを実証できた。

8.交通権に向けた公設民営の実験

 地域公共交通再生のポイントは先進国型の「公設民営」だが、基本的には、監督官庁にも、地方行政にも、都合のよい業者の言い分としか理解していただけなかった。日本では、公共交通は民間が行うもので、支援は補助金行政しかないということが常識であった。日本の常識は世界の非常識というが、まさに公共交通ではその通りだった。いくら主張しても、これは実証しなければ、なかなか理解していただけないなと思案していた時に、三重県の津市から、海上アクセスの是非に係わる診断の依頼があった。


津エアポートラインによる公設民営の実験

 この海上アクセスは、当時の津市長が常滑に空港を譲る代わりに海上アクセスルートを造って、40分程で中部国際空港(セントレア)と行き来できることを地域発展の起爆剤にするというプランとして生まれた。当時、三重県に5航路をつくるという案があったが、どこも需要が少なすぎて地元の大手の参入が見込まれず、津市の助役が以前、岡山県にいらしたことから、面識のある私のところにご相談があった。そこで、ボランティアで分析をお引き受けした結果、以下を提案した。

① 需要が少なく5航路は無理
② 需要が少ない中でも津市からの航路は唯一期待でき、船や港、待合所や駐車場は公設とし運航のみ民営とする案なら航路開設できる
③ 三セクは責任体制が不明確で、意志決定が遅れるため、100%単独出資の民営とする

 経営は地元の海運経験があり、信用のある企業を公募するようにサジェスチョンした。しかし地元からは海運経験のない企業の応募しかなく、地元ではないがこのプランを作った両備グループに各方面から公募参加の依頼があった。高速艇を市に寄付するという素晴らしい地元企業の熱意にも絆(ほだ)されて、津エアポートラインとして航路開設を決意し、平成17年2月に運航を開始した。

 開業後、空港人気と万博効果で予想以上の好成績だった。これを見た隣市が一航路だけの約束を破り相次いで航路を開設した。案の定、一過性の需要が剥げて他航路は瞬時に業績不振となり、倒産や廃業が相次ぎ、その救済に津エアポートラインが松阪航路を再建することになった。
 その後、次々に電車やバス会社の再生の依頼が舞いこみ、ボランティアで再建の処方箋をご提案した。

 

和歌山電鐵貴志川線による「公有民営」の実証

 その中の一つが年間5億円もの赤字を計上して、廃止を発表されていた南海電鉄貴志川線だ。廃止の発表と同時に、路線存続運動として「貴志川線の未来をつくる会」が結成・展開され、約6千人もの熱心な会員が「乗って残そう貴志川線」というスローガンで活動されていた。彼らから両備グループの岡山電気軌道へ熱心なアプローチがあり、5億円の赤字を年平均8千200万円以内とする以下の生き残り案をご提示した。
①公設民営とすること
②運営会社は三セクとせず100%単独出資とすること
③利便向上は和歌山電鐵内の運営委員会で計ること

 運営は地元に根付いた地元の企業がすることが最良と進言したが、やはり地元鉄軌道会社からの応募がなく、結果、両備グループがお引き受けすることになった。実際に不可能と思われた再生を決意した背景には、以下を確認できたことが大きい。
①市民運動が上滑りでなく本物であること
②行政の協力体制がしっかりしていたこと
③地域が人口増加地帯であったこと

 さらに社員にも極秘で貴志川線に乗って、各駅を降りて歩き回って私自身が得た情報で、再生が出来ると思った。現場を見て人件費コストは半分にできると確信し、道路交通事情が悪く営業努力の可能性のあることや、元々は西日本最大の「三社参り」のために、神社への参詣線路として開通されたことが忘れ去られており、観光掘り起こしの可能性が見えたことも大きかった。
 そして何よりも上手く再生できている要因は、地元市民団体の熱心な協力と、国や県と和歌山市、紀の川市がしっかり行政努力をしてくださっていること、年間50件以上ものイベントへの市民団体や社員の協力、いちご電車・おもちゃ電車・たま電車や貴志駅(たまステーション)等の水戸岡デザインによる魅力作りとスーパー駅長たまの活躍が原動力だが、詳細は今回の主題がバス事業なので省くことにする。

9.地方公共交通の存続への運動

 中国バスの再生を始めて、地元代議士がお礼に来てくださった時に、「地方の衰退と地方公共交通の危機は、地方の実情を知らない政治家の責任ですよ」と申し上げたらすぐに受け止めていただいた。平成18年、与党内に「地域公共交通活性化小委員会」を設置してくださって、第1回の委員会で補助金行政の副作用による経営のモラルダウンや、行き過ぎた労働運動の経過や実情をお話しする機会をいただき、以下の点をご提案した。
⑴ 経営努力を促す補助金への転換
⑵ 公共交通にお客様を増やす国策や対策

 この小委員会が中心となって、政治家の皆さんや行政の方々の努力により、地方における公共交通の衰亡からやっと土壇場で、以下のような平成19年の地域公共交通活性化の法案成立が実現できたと感謝している。

⑴ 和歌山電鐵の事例が一つの参考となり、地方鉄道に「公有民営」の法制化が実現した
これで約90の地方鉄道のうち70くらいが生き残る可能性が生まれたといえる。
⑵ 中国バスの再生で、地方路線バスの非効率な補助金問題が解明され、補助金に経営改善のインセンティブ導入の法制化が実現した

 これらの法制化から、地方公共交通の見直し機運と、種々の支援体制ができたが、これで十分かというと、「やっと端緒」なのである。

10.補助金行政の課題と解決法 

 補助金行政は、決して不必要な行政手段ではないが、地方公共交通においては、末期的症状での延命効果も薄れ、抜本的改革をする行政スキームが必要となった。
 協調補助は、黒字企業には有効だが、地方の大赤字の路線企業では自己負担ができないために機能せず、バリアフリーやCNG等の環境対応、ICカードやバスロケ等の情報化は、東京・大阪・名古屋の大都市しか十分に進められない事態に直面している。

 昨今、韓国では大胆な公共交通政策が採られ、日本の京都や名古屋の先進的事例を参考に、50以上のバス事業を協同組合でまとめたソウルの事例等もあり、準公設民営ともいえる大規模な改革が政治・行政主導で行われている。平成19年、韓国のバス事情を視察して分かったことは、日本の制度は、官と民の役割が不明確で、赤字補填が中心の補助金というカンフル注射に頼っているという実情である。韓国で行われている公共交通中心の社会の実現という政策は、バス会社は儲からないが、社会が便利になるバリアフリーや環境対策、情報化は社会的装置として、行政(公共)が100%負担すると明確にしており、日本ははるかに対応が遅れた。ワンマンのバス事業では、ICカードを導入しても、乗客の利便性だけで、お客様が増えないことが両備グループへの導入でも分かり、その結果は費用分担と過去の預かり金を如何に処理するかという大赤字の事業となってしまった。この韓国バス事情は、「両備グループ代表メッセージ 韓国バス事情」とパソコンで検索していただければ詳細を掲載している。

 平成20~平成21年春頃まで、地方公共交通再生の切り札は公設(有)民営と主張し、日本において欧米的な交通権の確立と2千億円以上の財源の確保を主張していた。当初、公設民営は社会主義的な方法と見られていたが、和歌山電鐵の再生の成功事例から、公設民営などの検討が必要なのではという機運が徐々に生まれてきた。地方の実情と公共交通の使命を理解できない大都市的発想では、民設民営が当たり前だが、高齢化が進む地方では住民の交通権を保障する、最低限の社会的移動手段の確保が地域社会を維持するための必須要件といえる。未だ公設民営が社会主義的という批判もあるが、何々主義で表現したいなら「人道主義」が正しいだろう。

 誰しも生まれてから免許取得年齢までは交通弱者であり、そして高齢化すればまた交通弱者に戻るのだ。公共交通は、国民のほぼ100%が人生の前後で利用する社会的ツールといえる。
 交通権が理解されてきた矢先、一転、平成21年9月に民主党政権が発足して振り出しに戻ってしまった。一時は諦めかけたが、勇気を奮って打診すると、すぐに岡山県選出の民主党衆議院議員(4名)の方々とハードネゴシエーションを持つことができた。

 地方のバスや鉄道を全て「タダ」にしても1兆円弱、高速道路を全て「タダ」にして2兆5千億円、どちらが国民政策的に有効か真剣に考える必要があると民主党の議員方に政権誕生から叫び続け、これらの理解が進んだことは一つの希望だ。お話しをしてみると地域を良くしよう、そのためには地域公共交通を何とかしなくてはならないという思いは、与野党共通の思いで、国民的コンセンサスが形成される希望が持てた。その後、新しい体制の国土交通省の地域公共交通の検討会議で公共交通の抜本的改革を主張し、衆議院議員会館での交通基本法の検討会議でその必要性と財源の確保の重要性を訴えることができた。

 規制緩和は悪いことばかりでなく、もちろん良い一面もあったが、その功罪を云々する以上に、危機に瀕しているバス事業等の公共交通を、現状の延命策から将来に希望の持てる公共交通に思い切って転換することが大事だ。

 昨年5月に発表した「エコ公共交通大国おかやま構想」という提言だが、これは昨年の参議院選挙に向けてのマニュフェストに公共交通を入れてもらおうと、延命策から夢のある国家プロジェクトへ転換するとどれくらいの財源がどのくらいの期間必要か、具体的に示すために、敢えて地元の消化不足を承知の上で出したプランだ。10年間で300億円のプロジェクトだが、岡山県はGNPの約1・5%だから、これで割ると、国では総額2兆円の総事業費となり、10年で割れば、2千億円となる。これには財源の確保が一番の問題だ。最低年間予算2千億円×10年という計画で、世界で一番進んだ公共交通中心の社会をつくることができ、地球環境に寄与し、高齢化社会に希望を与え、情報化で利用しやすい、太陽光発電を主たるエネルギーとする喫緊の公共交通政策だといえる。財源は、営業権をマイカーに譲った社会的保障と考えるのが先進国では一般的だ。そうなると、日本では道路財源との協調が必要となり、暫定税率2兆5千億円を一般財源化し、環境目的に役立てる財源の一つとすることが大事だ。お陰様で、マニュフェストにも記載され、その後の交通基本法の閣議決定へと繋がってきている。

 今が、地方に高齢者や子供たちが交通を保証され、安心して住めるようにするラストチャンスだ。未来に間違いのない「地方公共交通」という社会的ツールのバトンタッチをしていきたいと思っている。

11.結論

 現状の規制緩和後においても、補助金行政から、抜本的に改正された公共交通づくりが大事だ。それには、交通基本法が成立することが最重要であるが、同じ規制緩和の問題や補助金行政を繰り返しても意味がない。

 日本には大きく分けて3つの日本があり、大都会の需要の多い地域での「民設民営」を中心にするスキームと、地方都市のように需要が減少している地域は「公設民営」と「民設民営」とのミックスが中心となり、需要が見込めない過疎地域は社会保障的な「公設民託」のスキームが重要だろう。

 「公設民託」とは私の造語で、行政が交通手段のハードを整えて、運行費用を負担して、業者が運行委託を受けるスキームだ。コミュニティバスやデマンドタクシー等がそれに当たる。「公設民営」は、基本的に交通手段のハードを整え、運行は業者の自己責任において行なう。原則、業者が赤字を出しても、その補填はない。赤字が見込まれる路線の場合は、一定額を基本補助とし、その後は自己責任で経営する必要がある。これで、官の責任、民の責任がはっきりし、経営努力をするという企業意欲が湧いて、賢明な公共交通事業ができるだろう。企業努力をして黒字になれば、その約半分は法人税となって収められるため、実質、官と民との利益の折半と同じ効果になる。

 「公設民営」は、一般的には公募だが、地域公共交通の場合は既に現状の事業者が存在するので、その継続性の評価と審査が中心になるだろう。ここに安全マネジメントの評価が活きてくることになる。公共交通は過去からの信頼性が大事で、その実績と努力度、長い期間安心して託せる信用を勘案することが大事だ。津エアポートラインの経験から、実績と信用が評価されるという業者の選定基準がないと、他航路のように倒産などの悲劇を生むことになる。

 交通基本法の成立にあたって、財源の確保が最重要になる。延命的な補助金行政で、崩れかかった地域公共交通を安楽死させても全く意味がない。交通を失った地域からは、住民の流失が止まらず、結果、過疎地域は滅びていくだろう。大事なことは、国家としてどのような交通政策をして、国民が安心・安全な公共交通を確保し、地域に誇りを持って暮らせるようにするかだ。今回の東日本大震災から、東京一極集中の国家戦略が変わってくるだろう。全国的に豊かなことこそが、日本の宝であり、セキュリティだ

 交通基本法の成立で地域の公共交通の維持・発展が図れるかどうかのもう一つの大事な課題が、環境と国民の健康づくりに、公共交通の利用を拡大する政策を如何に盛り込むかだ。地方は、大都会のように、公共交通だけで生活することが難しくなっており、マイカーや自転車との共生も図らなくてはならない。郊外までは車できて、そこからパークアンドライド等で公共交通を利用する等の
「公共交通利用で、歩いて楽しいまちづくり」施策が必要だ。
 
 夢のある「エコ公共交通大国」として、環境に、高齢化に、情報化に、守りではなく、世界に誇れる公共交通大国・日本になることを切望している。